私の暴力

私の暴力的思考

考えているだけ

決めつける思考

あなたはこうでしょと分類する思考

 

種を提供してくれる人とセックスをして妊娠し、私には育てる能力がないからと敢えて堕胎する人。堕ろすことを前提として妊娠する人。

病弱の人を看取りたいと、敢えて病弱な人を探して結婚して、苗字も変え最後まで看取り未亡人になり、その人とその人の縁者を内在して再び一人になる人。

私みたいな不幸な人生を歩んで欲しくないと、その理由で子を産まない人(子を産まないことを否定しているわけでは無いし、女はみんな子を産めと言っているわけでは断じてない。自ら産まないことを選ぶことを私は否定しない。)

俺はそんな人たちと獣のようなセックスをして、子を産んでもらい、その子達を引き取ってその子達と暮らしたい。楽しく笑って、自分から動き出す子たちに育ってもらう。

 

でも実は何をしてもいいし

理由なんて本当は無いのだ。

 

こんなこと考えてる時点で俺も相当歪んでてバカでつまらないことをしている。

まだ復讐しようとしているのだ。それが人助けになるなどというつまらない妄想をしている。

本当は理由など無いのだ

人がする事になんてそもそも理由などないのだ

俺はただ寂しくて

自分でこうなっている理由を

他の誰かや社会の何かのせいにしているのだ

そうしているのは俺の方なんだ

俺の方なのだ

こうしたいと思っている

こうしたいと伝える言葉が出ない

こうしたいという言葉が出かかっているけど、本人を前にして萎縮している

色々なものが解除されていく

私は楽になりたい

心置きなく眠りたい

図々しくなりたい

想いを思いを的確に(近い形で)相手に伝えたい

 

家に帰ったら

誰かがいたらいいな

それが今日誕生日の

あなたであるなら

或いは4月12日にセックスをした

あなたであるなら

世田谷区に住んでいる

あなたであるなら

豪徳寺で同棲していた

あなたであるなら

俺との子を産んでくれた

あなたであるなら

どれだけ嬉しいだろう

嬉しいことだろう

俺は何をしている

俺は何がしたいのだろう

大してしたいことなど無いのだ

だからありがたい

ドーピングの多幸感ですら

私には効かなくなった

これからは

ゆっくりと眠ることができそうだ

 

子を産む経験をしたい、でも育てる能力が無いから生まれたら堕胎するという人

病弱な人を看取りたいから、そういう人と結婚して看取った人

私みたいに苦しい人生を送って欲しく無いからという理由で子を産まない人

私は激しい獣のようなセックスをして彼女たちに子を産んでもらいたい

これが私の暴力だ私の暴力的思考だ

あなた方の自由を奪う

そのかわり生まれた子は私が育てる

私は私の子達を自ら生き延びようとする子らに育てる

こんな事を言っているから

集合場所を違うところと勘違いしている

電車を乗り過ごす

目の前で次の電車に行かれる

行き先が曖昧になる

焦って変な連絡を入れる

結局遠回りをする結果となるがそれもわずかで、集合時間には間に合う

 

今日はさらにフワフワしている

体はいうことを聞かない

私は相変わらずめんどくさがりだ

なんて楽しい人生なんだ